「ココロの音」

ryonaz



 心臓が動いている。

 未来ちゃんの部屋に来てみて、やっとそのことを実感した。
 もちろん、人間の身体のしくみについては学校でたくさん習った。
 僕たちが眠っている間も、心臓はずっと働き続けて僕たちの命を明日へとつないでくれているのだそうだ。その全ての命令を下しているのが脳だということも、勉強したばかりだ。
 こんなに心臓が高鳴るのも、それに戸惑っているのも、すべて脳の仕業なんだろうか――

「ごめんね。散らかってて」
 ふいに声をかけられ、僕は驚いてしまう。未来ちゃんは、いつもより何となく大人びて見えた。
 白いTシャツの上に、赤いサスペンダー付きスカート。短いスカートが、その白い太腿を余すところなく露出している。しかし、それは決して珍しい格好ではなかった。何より未来ちゃん自身がお気に入りだと、よく話してくれる服装だったからだ。未来ちゃんが素足でいるということ以外は、学校で見る彼女の姿とほとんど同じだった。それなのに――
「あ、いや……そんなこと」
 と、僕の返事は上擦った声になってしまう。今日の僕は何か変だ。
「適当に座ってて。もうすぐだから」
「ん……わかった」
 何故か、いつものように自然に話すことができない。正直、緊張しているのだと思う。学校で会う時とは全く違う、不思議な感覚だ。
 机の上を大雑把に整理していた未来ちゃんは、やがて「ふうっ」とひと息ついたかと思うと、椅子に座ってじっとこちらを見る。僕は未来ちゃんのベッドに腰掛けながら、無意識に俯く。何故か目が合わせられない。再び心臓が大きな音を立てる。
 黙って顔を見てくる未来ちゃんは、やはりいつもとは違って見える。考えていることがわからない。でも、今の僕にはそれを問う勇気もなかった。
「ふーん。そっか……」
 俯く僕の頭上から、未来ちゃんの柔らかい声が聞こえてくる。何に納得しているのか僕にはわからなかったが、声のトーンがいつもより低く聞こえたのが気になった。僕がちらりと目を上げると、未来ちゃんはいつの間にか椅子から降りて、僕の目の前に立っていた。
「う、うわっ!」
 と、思わず声を上げてしまう。そんな反応をしてしまった自分が恥ずかしかったが、未来ちゃんはそれを気にする素振りは全く見せない。それどころか、僕を見下ろしながら、さらにじっと僕の目を覗き込んでくる。僕はたまらず、
「な、なんだよ」
 と、彼女を突っぱねる言葉を口にする。しかし、未来ちゃんはくすっと笑い、そっとその足先を僕の股間に宛がった。

「な……なな、何して――」
「いいから……」
 反抗も空しく、僕はベッドの上に押し倒された。身体同士が密着する。
 ――柔らかい……
 動揺しながらも、僕は素直にそう思った。
 男兄弟の中で育った僕にとって、女の子の身体に触れる機会などこれまでなかったからだ。そして、同時に、不思議な気持ちに襲われる。
 身体中が火照ってくるような。何となく股の辺りが熱いような――
 未来ちゃんは僕の両足を脇に抱え、足先で僕の股間をさわさわと弄っていた。何となく気持ちがいい。しかし僕の中では、やはり恥ずかしさが先に立つ。身を捩り、
「お、おい。やめろって!」
 と、声を絞る。しかし、未来ちゃんは楽しそうな表情を崩さない。静かな甘い声で囁く。
「こういうの好きなんだね」
「は? す、好きじゃねぇって。つか、意味わかんねぇし」
「そう。じゃあ気持ちよくないの?」
「い、いや……それは……」
 未来ちゃんは僕の反応を楽しむかのように、にっこりと笑っている。太腿や足の甲、裏、指先――。それらが僕のアソコに執拗に絡みつき、僕は次第に何も考えられなくなってくる。
「ちょ、待て。待って――」
「嫌、なの?」
「い、……嫌ってことは……。でも――」
 そこまで言った時、未来ちゃんは僕の陰部からそっと足を放した。
「あ、あぁ……」
 と、僕は無意識に声を出してしまう。それはひどく惨めな、情けない声だった。自分のことながら、自然に出たその声が不思議でならなかった。空しさが込み上げてくる。
 ふと未来ちゃんの足が目に入る。彼女はその足を、まるで何かの生き物のようにクネクネと動かしていた。
 汗が滲んでくる。抑えられない衝動が込み上げてくる。僕は……興奮している……
 ベッドの上。僕はいつの間にか、未来ちゃんの足に口付けていた。足の甲に頬を摺り寄せ、呼吸を荒げる。彼女はそんな僕の様子を見ながら、
「嫌じゃないよね?」
 と、口を開いた。もう自分が何をしたいのかわからない。ただ……今は、この足に触れていたい。
「この足……」
 そう言って、未来ちゃんは再び僕の股間に足を滑り込ませる。僕の頭が真っ白になる。
「もっと、してほしいんでしょ?」
「…………」
 僕は何と返事をしたらよいのか、わからなくなってしまっていた。

 未来ちゃんはくすっと笑うと、
「じゃあ、もっとわかりやすく言ってあげよっか」
 と、僕に優しく声をかける。相変わらず僕は何も考えられず、ただぼうっと未来ちゃんの顔だけを見ている。と――、ふと彼女の眼つきが鋭くなった。貫くような瞳でじっと僕を見る。そして、
「お願いします……だよ」
 と、低い声色で言い放つ。その時、僕は心を鷲掴みにされたような気がした。
「ほら、言ってごらん。お願いします、未来様って」
 言いながら彼女は、足先で僕の顔を撫で回した。そして、再びその足を僕の股間へと移動させると、さっきよりも激しく、僕の陰茎を擦り始めた。
「あ、ああぁ……。は、はふっ……んっ……」
 みっともない声が喉から吐き出される。しかし、決して嫌だとは思わなかった。良いことや悪いこと、そんな考えは、既にどこかへ吹き飛んでしまっていた。
 ――もっと……。もっと……
 その気持ちだけが、僕を支配していた。それを与えてくれるのは、未来ちゃんだけだった。
 僕の中から迷いが消えた。僕は喘ぎながら、
「お、お願いします。もっと……もっとお願いします。未来さま。未来さま!」
 と、声を大にして叫んだ。やりどころのない興奮が、僕を捕らえて放さなかった。
 ニヤリと口元を歪める未来ちゃんの表情が、とても綺麗に見えた。
 気付くと、全身が汗だくになっていた。酩酊しながら、僕は高まった興奮を一気に放出する。
 未来ちゃんの足には不思議な力があるのだと、僕はこの時、確信した。


 心臓が動いている。

 人間を支配しているのは脳だと、知識では知っている。
 でも、未来ちゃんはその知識をあっさりと否定してくれた。
 はっきりと自覚する。僕を支配しているのは、未来ちゃんだ。
 僕は未来ちゃんのおかげで心臓が動いている。僕は未来ちゃんのためだけに存在する。

 未来ちゃんは、ベッドに寝転がっている。その脚に、こっそりと僕は身を寄せた。



END